コラム|
XRPを導入した金融機関の「現在」を調査
1. はじめに
暗号資産XRPの販売をめぐる米証券取引委員会(SEC)とリップル・ラボ(Ripple Labs/以下「リップル社」)の訴訟は、リップル社側の一部勝訴となる地裁判決が出てから3カ月ほどが経過した。
XRPの価格は判決直後に2倍近くまで暴騰したものの、1カ月余りで上昇分を全戻し。10月12日現在では、判決が出る前と同程度の0.49ドル(約73円)前後で取引されている。これはリップル社がSECに提訴される直前より低い水準であり、2018年に記録した史上最高値の7分の1にも満たない。
一方、XRPにとって明るいニュースもある。SBIホールディングスの子会社「SBI VCトレード」は9月6日、XRPをブリッジ通貨とする送金サービスをフィリピン、ベトナム、インドネシア向けに拡大すると発表した。XRPの価格が冴えない動きを続ける中、このニュースは多くのXRP支持者を安堵させたかもしれない。
XRPを活用するRippleの送金ソリューションを用いた国際送金サービスをフィリピン・ベトナム・インドネシア向けに順次拡大🌏
— SBI VC Trade (SBI VCトレード) (@sbivc_official) September 6, 2023
【XRPのブリッジ通貨利用】
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⇒国際送金事業における競争力強化https://t.co/2mwo33cn4q pic.twitter.com/vaOKwlC79y
しかし、SECがリップル社を提訴する以前には「○○社がXRPを導入した」というニュースを幾度となく聞いた覚えがある。リップル社は世界中の300社を超える企業と提携した実績を持っており、その中にはXRPを導入した金融機関も多数含まれていたが、それらの企業はどうなったのだろうか。このコラムでは、過去に「XRPを導入した」と報じられた金融機関が、現在ではどうなっているのかを調査する。
2. 調査対象
調査対象とするのは、XRPおよびODL(旧xRapidを含む)を導入したと報じられた、暗号資産取引所を除く金融機関29社だ。なお、ODL(On-Demand Liquidity)とは、XRPをブリッジ通貨として用いる国際送金ネットワークのことで、以前は「xRapid」という名称であった。今回の調査では、xRapidとODLは同じものとして扱う。
調査対象の企業を、以下の表に一覧で示す。
# | 企業名 | 国 | 導入年 |
---|---|---|---|
1 | Azimo | オランダ | 2020 |
2 | Cambridge Global Payments (現Corpay) |
カナダ | 2018 |
3 | Catalyst Corporate Federal Credit Union |
アメリカ | 2018 |
4 | Cuallix | メキシコ | 2017 |
5 | Currencies Direct | イギリス | 2018 |
6 | Euro Exim Bank | イギリス | 2019 |
7 | EzyRemit | オーストラリア | 2023 |
8 | FINCI | リトアニア | 2022 |
9 | FlashFX (現Flash Payments) |
オーストラリア | 2019 |
10 | FOMO Pay | シンガポール | 2022 |
11 | FTCS | スウェーデン | 2019 |
12 | goLance | アメリカ | 2019 |
13 | I-Remit | フィリピン | 2018 |
14 | IDT | アメリカ | 2018 |
15 | Interbank Peru | ペルー | 2019 |
16 | JNFX | イギリス | 2019 |
17 | Lemonway | フランス | 2022 |
18 | MercuryFX | イギリス | 2019 |
19 | MoneyGram | アメリカ | 2019 |
20 | Novatti | オーストラリア | 2021 |
21 | Pyypl | アラブ首長国連邦 | 2021 |
22 | SBI Remit | 日本 | 2021 |
23 | SendFriend | アメリカ | 2019 |
24 | Tranglo | マレーシア | 2021 |
25 | TransferGo | イギリス | 2019 |
26 | Transpaygo | イギリス | 2019 |
27 | Viamericas | アメリカ | 2019 |
28 | Western Union | アメリカ | 2018 |
29 | Xbaht | スウェーデン | 2022 |
3. 調査方法
調査対象企業の公式サイトを調べ、1) XRPやリップル社に関連した記載があるか、2) XRPを現在まで継続的に利用していることが確認できるか、の2点を調査する。
Google検索では、検索キーワードに「site:ドメイン名」を付加すると、特定のドメイン内に限定して検索できる機能がある。この機能を使って、各社の公式サイトに1) xrp、2) ripple、3) odlという3つのキーワードを1つでも含むページがあるか検索し、その内容を精査する。また、関連するニュース記事なども必要に応じて調べる。
4. 調査結果
4.1. Azimo
2020年にODLを導入したと報道されたが、2022年にサービスを停止している。
4.2. Cambridge Global Payments(現Corpay)
2018年に旧xRapidの導入をテストすると報道されたが、現在の公式サイトにXRP関連の記載は皆無である。
4.3. Catalyst Corporate Federal Credit Union
2018年に旧xRapidを導入したと報道されたが、現在の公式サイトにXRP関連の記載は皆無である。
4.4. Cuallix
2017年にXRPをブリッジ通貨とした国際送金を世界で初めて実用化したと報道されたが、現在の公式サイトにXRP関連の記載は皆無である。
4.5. Currencies Direct
2018年に旧xRapidの試験を行ったと報道された。しかし、その後に実サービスとして採用されたという発表はない。公式サイトでも当時のプレスリリースは閲覧できるが、それ以外にXRP関連の記載は見当たらない。
4.6. Euro Exim Bank
2019年に旧xRapidを導入したと報道された。公式サイトでは、当時のプレスリリースや関連したニュース記事のコピーは閲覧できるが、いずれも3年以上前のものである。それ以外にXRPに関連した記載はなく、継続的にXRPを利用していることも確認できなかった。
4.7. EzyRemit
2023年2月に後述のTrangloと提携してODLを導入したと報道されたが、現在の公式サイトにXRP関連の記載は皆無である。
4.8. FINCI
2022年5月にODLを導入すると報道された。現在の公式サイトでは「Instant global payouts」という名称でODLを利用したサービスが紹介されており、現在まで利用されていることが分かる。したがって、現在までXRPを利用していることが確認できた。
4.9. FlashFX(現Flash Payments)
2019年にODLを導入したと報道された。公式サイトの「News」では、2020年1月の記事がXRPに関連した最後の情報発信であり、XRPを使った送金の件数や金額も明らかにされていない。
4.10. FOMO Pay
2022年7月にODLを導入したと報道された。公式サイトでは、当時のプレスリリースは閲覧できるものの、それ以外にXRP関連の情報は存在しない。XRPを使った送金の件数や金額も不明であり、現在もXRPを利用していることは確認できなかった。
4.11. FTCS
公式サイト:https://www.ftcs.se/(アクセス不可)
2019年に旧xRapidを導入したと報道されたが、現在は公式サイトにアクセスできない状態になっている。
4.12. goLance
2019年にリップル社との提携が報道された。しかし、同社の公式サイトでXRPに関連した記載は2件のブログ記事のみであり、新しい方の記事でも2020年12月のものである。この記事では、同社のCEOが「XRPを使用することで、非常に迅速かつ安全に国際送金を現地通貨で行うことが容易になる」と語っているが、XRPを利用した送金の件数や金額には一切触れていない。これ以降でXRPに関連した情報はなく、現在もXRPを利用していることは確認できなかった。
4.13. I-REMIT
2018年にXRPを導入し、2022年9月にはODLの使用を拡大すると発表された。公式サイトにはパートナーとしてリップル社の名前があるが、XRPやODLに関連した記載は見当たらず、XRPの継続的な利用も確認できなかった。また、XRPを利用した送金の件数や金額も不明である。
4.14. IDT
2018年に旧xRapidを導入したと報道されたが、現在の公式サイトにXRP関連の記載は皆無である。
4.15. Interbank Peru
2019年にODLを導入したと報道されたが、現在の公式サイトにXRP関連の記載は皆無である。
4.16. JNFX
2019年に旧xRapidを導入したと報道されたが、現在の公式サイトにXRP関連の記載は皆無である。
4.17. Lemonway
2022年10月にODLを導入したと報道された。同社の公式サイトでは、リップル社との提携に関する複数のブログ記事があるが、XRPやODLに関する説明は見当たらない。同社とXRPの関連を示す情報はODL導入時の報道のみで、XRPを利用した送金の件数や金額も明らかにされていない。
4.18. MercuryFX
2019年にODLを導入したと報道された。2021年11月の公式ブログでは、同年8月にXRPを使った国際送金の「テスト」に成功したことを報告しているが、それ以上のことは公的規制のため明らかにできないとしている。XRPによる送金を実サービスとして導入したことは確認できず、このブログ記事以降にXRPを利用したという情報もない。
4.19. MoneyGram
2018年1月にXRPの実証実験を開始すると報道され、翌年にはXRPによる国際送金を正式に導入するとともに、リップル社から約54億円の出資を受ける(報道)など、両社は強固な関係を築いていた。
しかし、2020年12月にSECがリップル社を提訴すると状況は一変。2021年2月にリップル社のプラットフォームを用いた取引を停止し(報道)、翌月にはリップル社との提携関係まで解消すると発表された(報道)。
さらに、同社がリップル社から金銭的支援を受けるために、XRPに関するミスリードや不完全な情報を示していたとして、株主などから集団訴訟を起こされている(報道)。
4.20. Novatti
2020年にリップル社との提携を発表し、翌年にはODLを導入したと報道された。2022年には、XRPのネットワーク(XRP Ledger/XRPL)上でオーストラリアドル建てステーブルコイン「AUDC」を発行する計画を発表(報道)。また、同社の公式サイトではパートナーとしてリップル社の名前が確認できる。
しかし、2022年6月にAUDCを発表した際のプレスリリースでは「昨年、オーストラリアからフィリピンへの国際送金にデジタル資産XRPを利用した成功に続き…」という言及があるものの、これは必ずしも継続的に利用しているとは解釈できない表現だ。
また、同社サイトの「Cross Border Payments」では、銀行間の国際送金ネットワーク「SWIFT」を利用する旨の記載があるが、XRPやODLの利用を示唆する記載はない。なお、AUDCの発表から1年以上が経過したが、実際にAUDCが発行されたという報告はない。
4.21. Pyypl
2021年10月ににODLを導入したと報道されたが、現在の公式サイトにXRP関連の記載は皆無である。
4.22. SBI Remit
2016年に親会社のSBIホールディングスがリップル社へ出資すると報道され、2021年にはフィリピン向けの送金でODLを導入すると発表。そして前述の通り、今年9月6日にはXRPを利用した送金を拡大すると明らかにしている。
ただし、XRPをブリッジ通貨にした送金の件数・金額など利用実績は明らかにしていない。また、送金にかかる手数料は、ODLを利用できる「銀行口座受取」または「Wallet受取」と、他社(MonryGram)の送金ネットワークを使う「現金受取」で同じ金額に設定されている。
4.23. SendFriend
2019年6月のサービスを開始時から旧xRapidを導入したと報道され、現在でも公式サイトにパートナーとしてリップル社の名前がある。しかし、公式サイトにはXRPに関連した内容がないことはもちろん、同社のサービスを説明する記載すら見当たらない。したがって、同社が現在どのような事業を行なっているのかは不明であり、XRPの継続的な利用も確認できなかった。
2019年12月には、XRPの利用で送金手数料を従来から最大75%削減できたと報告(報道)しているが、その比較対象は明らかにしていない。また、XRPを使ってもユーザーが負担する手数料は2%程度であり、他の送金サービスを比べて特に優位性がある訳ではない。
4.24. Tranglo
2021年にリップル社から40%の出資を受け、同時にODLも導入すると報道された。2023年9月6日のSBIの発表では、日本からの送金を海外で受け取る際のパートナーとして、同社の名前が挙げられている。したがって、XRPによる国際送金を継続的に利用していることが確認できた。
同社はXRPを導入してから最初の100日間で、25万件・総額4800万ドルの送金が行われたと発表。2022年の1年間では、9億7000万ドルの送金がXRPで行われたと報道されている。XRPを利用した送金の利用実績を公開しているのは同社のみである。
4.25. TransferGo
2019年にODLの導入を発表したと報道された。公式サイトの「Everything you need to know about TransferGo」というページでは、2020年にリップル社とのパートナーシップによって、インドへの送金が30分で可能となったことを取り上げている。しかし、同社がXRPを継続的に利用していることは確認できず、ODLについての記載も見当たらなかった。
4.26. Transpaygo
2019年に旧xRapidを導入したと報道されたが、現在の公式サイトにXRP関連の記載は皆無である。
4.27. Viamericas
2019年にODLを導入したと報道されたが、現在の公式サイトにXRP関連の記載は皆無である。
4.28. Western Union
2018年に旧xRapidをテストしていると報道され、当時のブログ記事も閲覧可能だが、その後実サービスとして導入されたという発表はない。現在の公式サイトでも、このブログ記事以外にXRP関連の記載は見当たらなかった。
4.29. Xbaht
2022年10月にODLを導入したと報道され、公式サイトにはリップル社との提携を示す表示がある。しかし、導入当時の報道以降に同社とXRPの関連を示す情報はなく、現在の公式サイトにもXRPに関連した記載はない。また、XRPを利用した送金の件数や金額も明らかにされていない。
5. 考察
XRPを国際送金のブリッジ通貨として、現在まで継続的に利用していると確認できた金融機関は、FINCI、SBI Remit、Trangloのわずか3社のみであり、その内の2社(SBI RemitとTranglo)はリップル社と資本関係のある企業であった。
また、3社ともすべての送金をXRPに置き換えた訳ではなく、送金先や受け取り方法によって複数の方法を使い分けている。SBI Remitでは、XRPを使うか否かによって送金手数料に違いはなく、リップル社との関係以外にXRPを使う理由があるのか疑問が残る結果となった。
この3社以外で、リップル社と何らかの提携関係が存続していることを示す企業は4社(I-REMIT、Novatti、SendFriend、Xbaht)あったが、いずれもXRPの継続的な利用は確認できない。なお、SendFriendとXbahtの公式サイトには、XRPに関連した情報が見当たらなかった。
10社の公式サイトでは、XRPやリップル社に関連した記載が皆無であり、導入当時のプレスリリースすら存在しなかった。まるで、XRPを導入した過去を消し去ってしまったかのようだ。驚くべきことに、この10社の中にはXRPによる国際送金を世界で初めて実用化した「Cuallix」も含まれていた。
さらに、XRPの利用中止を正式に発表した企業(MoneyGram)、事業自体を停止した企業(Azimo)、公式サイトにアクセスできない企業(FTCS)も、それぞれ1社ずつ存在した。
残りの9社においては、プレスリリースなどでXRPを導入した「過去」が確認できるものの、いずれの公式サイトでもXRP関連の情報は非常に乏しく、ブリッジ通貨としての継続的な利用も確認できなかった。なお、この内の3社(Cambridge Global Payments、MercuryFX、Western Union)は「実証実験」としてXRPを導入したに過ぎず、顧客向けサービスとして使われたという発表はない。
もちろん、ブリッジ通貨とは一般公開する必要のない「裏方」であり、公式サイトに「XRPを使っている」と書かれていないからといって、XRPの利用が中止されたとは限らない。
だが、XRPを導入した時はそれが大きく報じられ、一部の企業は幹部がXRPを称賛する発言を繰り返していたのだから、継続的な利用をあえて隠す理由はないだろう。したがって、公式サイトにXRP関連の記載がなかったり、情報が何年も更新されていないのであれば、その企業はもはやXRPを使っていない可能性が高いと考えるべきだ。
もう1つの重要なポイントは、2020年12月にSECがリップル社を提訴して以降、XRPを新たに導入する金融機関が減少傾向にあることだ。 2017年に最初の1社がXRPの利用を開始すると、2018年には6社、2019年には12社が相次いで導入。しかし、2020年はコロナの影響で1社にとどまり、訴訟が始まった後の2021年と2022年にはそれぞれ4社ずつ、2023年の導入は1社のみだ(10月12日現在まで)。
確かに、この訴訟はリップル社とSECの間のものであり、XRPを使っている金融機関に直接影響を及ぼすものではない。それでも、厳しい規制に従わなければならない金融機関からすれば、少しでも法的リスクのあるXRPの導入を躊躇するかもしれない。さらに、リップル社の広報活動や導入企業への資金援助などが制約されたことも、導入が減少した理由として考えられる。
5. おわりに
今回の調査では、XRPを現在まで継続的に利用している金融機関は3社のみであり、その内の2社はリップル社と資本関係のある企業であった。また、3分の1以上の企業で公式サイトにXRP関連の記載が皆無であり、導入当時のプレスリリースだけが存在する企業も多数存在した。結果は、XRPを一旦は導入した企業であっても、それが「現在」まで継続的に使われていない可能性を示唆するものだ。
筆者のコラム「リップル社勝訴でも、XRPが前途多難なワケ」では、XRPを使った国際送金が広まらない理由の1つとして「送金コストの大幅な低下は見込めない」ことを挙げた。リップル社と資本関係のある企業がXRPを導入するのは、XRPを割安で購入できるといった何らかの「有利な条件」があるためかもしれない。
XRPの唯一の利用価値は「国際送金のブリッジ通貨」であり、金融機関に使われなければ無価値である。現在の冴えない価格は、世界中の金融機関にXRPが使われる未来への淡い期待と、国際送金にほとんど使われない現実とのせめぎ合いによって生まれた結果なのかもしれない。